人工骨置換手術へ向けて。

[TOPへ戻る][そら模様][sora's guest book][BBS]

目次

手術の決断(2月初旬)

できるだけ先送りにしようと思っていた人工骨置換手術。2月のはじめに手術の決断をした。1月中旬の診察の時には決めかねて帰宅したけれど、思いきって、入院手術の予約をした。先送りという気持ちが強かったはずなのに、なぜ手術の道を選んだかを、書き残しておこうと思う。

人工骨にするかどうするか・・・これは、本人の意志や気持ちで決定というより、信頼する主治医の先生の言葉、方針で大きく左右されるような気がします。もちろん決定は、患者本人にゆだねられるわけだから、強制でも何でもないんだけど・・・。

私が、人工骨置換手術の決断をしたのは、やっぱり主治医の先生の「これじゃあ痛いでしょ。まだ若いんだから、この痛み我慢するより、手術したほうが、いいんじゃない?」という言葉がいちばんだったかな・・。でもね、同じ病院でも先生によって考え方はまちまち・・・。たまたま手術の予約の時に別の先生が診察だった。その先生は、手術先送り派だった。「本当に手術していいんですか?人工骨の話は聞いてますか?我慢できるところまで我慢したら?」と言った。

言われたときは、悩んだ。揺らいだ。でも、キャンセルはできるから、予約はした!それが2003年2月のはじめのことだった。

目次へ

想うこと(5月11日)

手術の予約をしてから3ヶ月が経った。「半年待ちでしょう」といわれていたから、待機期間の半分が過ぎたことになります。

実際のところ、まだ実感はありません。ほんとに手術するのかな?っておもうときもあるから・・・。とはいっても、気分的には3か月前、手術の予約をしたときと比べると、ちょっと変化してるみたいです。

変形性股関節症 の診断を受けて、人工骨の話を聞いた時、私を取り巻く環境は、長期入院できる状況ではないと思い込んでいた。それに、耐久性を考えて、再手術のことを想うと、できるだけ先送りが一番いいって思った。痛いのは我慢すればいいと思ったし、先送りの為の努力は価値があると思い込んだ。

入院できる環境は自分で作るんだよ。。。と、妹さんが、人工骨置換手術をした友達にいわれても、思いきれなかった。無理だよ。。。っておもったし・・・・・。

担当の先生が、もしも、人工骨置換手術先送り派だったとしたら、今も現状維持のためにエネルギーを使っていたと思う。

連休にちょっと出歩いて、すごく思った・・・・。やっぱり、今を大事にしたい。今できることがしたい。例えば高槻ジャズストリートだって、痛みがなかったら、もっとあちこちまわれたし、立ったまま長時間聴くことができる。ほかにも、いろいろ経験できる。

私が今一番したいことって何だろうな?って考えた。すっごく考えた。どう考えても、先送りの為にエネルギーを使うことじゃないな・・・て思った。今をどう生きるかは、個人差があると思う。だから、私の想いは、私だけにあてはまることだと思う。誰の生き方でもない、私が納得して生きなくちゃいけないんだって。。。思った。

ただ、今、こう思っていても、これからの3か月でまた気持ちも揺らぐかもしれない。。。揺らいだら揺らいだ時にまた考えようと思う。

目次へ

うけいれる。。。(6月6日)

変形性股関節症であっても、別の病気であっても、そのことをどう受け入れるか、治療をどう受け入れるか・・・。これも、個人差があるし、何が正しいのか・・・・・・。

私の決断=人工骨置換が、正しいのかどうか。。やっぱり悩む。でも、自分で決めるんだし、自分の心を信じようと思う。変形性股関節症をうけいれてから、4年くらいかな。。。あーー、もう4年もたっちゃった。ふぅーー、まだ4年。両方の想いを持っています。

自分の体だから、自分が一番わかってるつもりの私。現状維持に疲れて、人工骨置換に踏み切ってしまったんじゃないかな。。?と自分に問いかけることもある。現状維持でがんばった方がいいんじゃないか。。。と、この期に及んで悩んだりもする。

病気を受け入れることは、治療を受け入れると言うことで、その治療をきちんと納得しなければ・・・っておもう。変形性股関節症を受け入れたつもりが、こんなことで悩んでるなんて、実は受け入れていなかった?なぜ悩むの?手術への恐怖心だけ?

あっけらかんと、「人工骨にして、いっぱいやりたいことをやらなくちゃ!」と表向きは言っている私。ところが、心の中では葛藤の連続だったりする。いがいと、往生際の悪い自分発見。

悩むこともいいかな・・・。とも思う。悩んで当たり前だよね。。。とかね。

まず受け入れなくちゃいけないのは、今の自分の胸の内なのかもね。悩んでも、揺らいでも、それもわたしなんだ。。。っておもえることが一番かな??

どんなときも、自分を好きでいられるようにしようとおもう。それが、うけいれるということかな。。。

目次へ

入院日決定。(6月10日)

4ヶ月ぶりの診察。具体的なことはまだ決まってないだろう・・・と勝手にきめてたら、すでに入院の順番が決まっていた。7月中旬に入っていた私の入院日。息子もまだ夏休み前だし、無理なので、当初の予定どおり8月にしてもらった。

人工骨置換手術・・・この決断は、個人差があります。人工骨は、もともとお年寄りのために考えられたものだったのだそうです。だから、耐久性はいまのところ、10年から15年。ということは、60才くらいになってから手術をして余生を痛みのない生活で過ごす。。。ってことだったらしい。日本に入ってきて、人工骨置換手術が定着し始めたのは1970年くらいの頃だそうです。だから、まだ歴史が浅い。歴史が浅いと言うことは、若い人が人工骨にしたらその後どうなるか、まだデータが少ないのだそうです。(これは、大学病院で初めて診察を受けたときに先生が説明してくれたことです。)

手術には、自骨手術もありますが、私の場合、大学病院へ行った時点ですでに相当悪化していて(末期)自骨手術は無理・・・というレベルでした。

痛みの中で暮らし、現状維持に努めていくのも一つの方法。私も最初はそうしようと思ってた。実際1年前は手術はもっと歳いってからにするって思っていたし、それが一番いいっておもっていた。でも、手術に踏み切った私。今年と来年で両股関節を人工骨にするけど、この手術は、再手術へのスタートラインでもあります。でも、手術をして痛みがなくなって、がんばってリハビリしてちょっとくらいはスポーツもしたいし、旅行もしたいし、ショッピングもしたい。

耐久年数10年・・・それでもいいじゃない!!と思えるようになった。。友人の妹さんは両股関節人工骨にした後、お産してて、いま、3才のお子さんの子育て真っ最中。人工骨にしてなかったら子供と遊ぶこともかなわなかったと思う・・・と、友達は言っていた。先のことは、そのときに考えればいいよ。。。とも言った。本当にその通りだと、私は思った。

入院日が決定したので、あらためて、想いを確認。(^^)

入院日から逆算して、通院検査と貯血があります。全身検査・CT・麻酔医の先生の診察。1日がかりになるみたい。あと、手術時に必要な血液はできるだけ自分のものがいいということで、貯血をするのだそうです。全身検査の後2週にわたって2回、血を採ってもらいに、病院へ行きます。来月は、準備や検査でちょっとばたばたしそう。。

目次へ

今後の予定。(7月17日)

いよいよ、入院が目の前にやってきた感じです。これから入院日までの予定を書いてみたいと思います。

7月18日・・・午前9時から、血液検査、心電図、肺機能検査、麻酔医の先生の問診・・・。
午後1時から、担当の先生の診察。
午後2時から、CT検査。

7月22日・・・一回目の貯血。

7月29日・・・二回目の貯血。

8月6日・・・入院。

8月8日・・・手術。

↑一応、こんな感じ。。。

入院準備もだいぶ進んできました。どんなものを準備しているか。写真に撮っておこうと思います。まとまったら、アップするつもりです。

更正医療。(7月24日)

18歳以上で身障者手帳の交付を受けていて、そこに記載されている障害を軽減するために要する手術費入院費を公費で負担してくれる。。というのが、更正医療です。人工骨置換手術は、医学の進歩で、離床も早くなっているとはいえ1ヶ月の入院は余儀なくされます。手術費も膨大です。私が、手術に踏み切れたのも、更正医療があるからかもしれません。

当然、手続きがあります。役所がらみなので、時間もかかります。。(−−;)手続きは、各自治体によってちょっとづつ差があります。私の場合をかいてみます。

私がいっている病院には「福祉課」という窓口があります。手術を決めたときに、まずそこで、ちょっとした説明をしてもらいました。病院があるところと私が住んでいるところは市がちがうので、詳しくは、すんでいるところで聞かなければならないとのこと・・・。

帰宅後、市役所の福祉課に連絡を取って、更正医療の話を聞きました。必要な書類を郵送してくださるとのと・・・。ちょっと助かった。で、入院2週間前には書類を持ってきてくださいということでした。

7月18日の診察の時に、更正医療意見書というのに、担当の先生に書き込んでいただきました。その意見書を病院の福祉課に持っていき、病院の印を押してもらい、点数計算を書き込んでもらいます。18日は福祉課の方が忙しかったようで、受け取りは貯血の日、、ということになった。22日の貯血の日の夕方、福祉課で意見書を受け取りました。

「医療券というものが送付されると思うので、それを、こちらにもってきてくださいね・・」とのこと。

翌日市役所の福祉課へ。。。ぎりぎり入院2週間前です。福祉課へ持っていくものは、「意見書」「世帯調書」「申請書」「身障者手帳」「健康保険証」「昨年度の源泉徴収票の写し」「印鑑」この7つ。

市によっては、収入に関係なく全額負担してくれるところもあるようです。

医療券は、直接病院へ送付してくださると言うこと。更正医療の事務所で認定をされるそうで、、よほどのことがない限り大丈夫ですよ、、、といわれた。(よほどのことって、なんだろうね・・・)

手続きが必要なのは、当然だと思う。でも、私のように、一人で動き回らなければならないと、この手続きがかなりの重労働。。。病院と役所ともうちょっと直結してたらいいのになぁ・・・。IT・・IT・・・っていうけど、まだまだ手作業のことが多すぎ。。こういうことが便利になったらいいのにね。。。

目次へ

不安だけど。。。(7月28日)

ここへきて、不安になることがおおくなった。後10日で入院。考えなくてもいいことを考えてしまったり、、、。何も考えずぼーーっとなったり。。。意味もなく涙が出たり。。。そんな私を元気づけてくれる人がいます。

「心配しなくても大丈夫」とは、誰もがいってくれます。これもありがたいことだったりはするんだけど、ありがたいと思う反面、言うのは簡単よ、、でもそう簡単にはいかないわよ。。。という気持ちが大きかったりします。もしかしたら、何を言われても、いじけてしまうかもしれない私を、元気づけてくれたのは。。。。

「そんなに難しい手術なの?」「ううん、そんなことないと思う。」

「じゃあ、心配することはないでしょ。」「うん、、、全身麻酔も怖いし。。。」「全身麻酔の事故なんてほとんどないでしょ。」「うん。。」

「がんばれないかもしれない。。。」「がんばるのは医者で、(・_・)σは寝ているだけでしょ。。」「(^▽^;)そうだね。。。」

「もしもうまくいかなかったとして、今より状況はわるくなるの?今と一緒?今と同じなら、いいじゃない。。」「うん。。。」

「で、万が一のことがあったとしても、みんな順番だし、先に行くか後にいくか、それだけのことだよ。」

「暗い顔してても、笑ってても、手術の日は来るでしょ。自分で決めたんでしょ。それとも、今からやめますって言う?」「やめない。。」

「笑っていれば、周りも、ほっとするけど、暗い顔してたり泣いてる顔はみたくないよ。。だったら笑っている方がいいでしょ。」「そうだよね。。。」

「手術のことを考えたらだめ。もっと、先のことを考えて、何をしようかな。。っと楽しいことを考えないと。。。ね。」「うん。」

こんなふうに話をしてくれて、そうだよね。。。そうだよね。。。とおもった。

手術が終わって、元気に退院したら、今の不安はわすれちゃってるのかもしれない。。。不安は忘れちゃってもいいな!ておもう。でも、不安をなくそうと、元気づけてくれる温かい人がいることは忘れちゃいけないなっておもった。

「元気になったら、そのぶん、今度は(・_・)σが他の人のためになにかをすればいい。。。」と・・・。

うんうん!!そうなんだね!!

できるだけ。。。できるだけ。。明るく笑っていようとおもう!!!(^^)

目次へ

神経剥離手術へむけて。。。(2004年7月17日)

2004年4月に神経剥離手術を受ける決断をしてから3ヶ月がたった。気持ちではもっと時間がたっているような気がする。もっと、もっと長時間待っているような気がする。

「大腿筋麻痺」は、左人工骨手術後すぐから麻痺していた。何とか,快方へ向かってくれないかとおもってたけど、結局いっこうに変化がないので、神経剥離手術となった。

左足は思うように動かず、右足は左をかばうので股関節は日増しに痛みを増していく。早く何とかして欲しいという思いばかりだった。でも、手術が現実になるまでには、まだやらなければならないことが待っていた。

神経剥離手術が更正医療に当たらないと言うことが発端だった。わたしには納得がいかなかった。左足の人工骨置換手術を更正医療で受けてその後、左足がどうなったか・・・ちっとも更正されていないじゃないか。。。。そう思ったから・・。だめもとで、県の更正相談所へ問い合わせた。経過を話すと、「それでは先生の意見書をみてから決定しましょう」ということとなった。意見書を提出してだめならそのときはそれでいいと思って、主治医の先生に話をした。

先生がすぐに意見書を書いてくれると思っていたら、そうではなかった。先生は「曖昧な状況より、確実な方がいいですよね。と、直接福祉課へ問い合わせをしてくれて、結果、身障者手帳を書き換えると言うことになってしまった。このことはよかったのだとおもうけど、手帳の再交付には2ヶ月近い時間を要するので、手術はどんどん先へ伸びていく・・・。

手帳の交付を待ちながら、更正医療に当たらないと言われたときに、何も疑問に思わず手術の話を進めていれば良かったかな。。。と思ったりもした。

手帳が交付されたらすぐに連絡くださいね・・・という先生の言葉をうけて、7月初旬手帳ができあがったのを確認してすぐに先生に連絡をした。

その時点で、私は手術は一ヶ月くらい待てば受けられると思っていた。でも、先生に連絡をした翌週の診察日、先生から提示された手術日は9月10日だった。そんなに待つの?とおもい・・・先生に「9月・・・・ですか・・・・。」といった。先生は「一応この日なんですが、もしキャンセルがあったらそこへ入れますから決定というわけではないんです。もう少し早くなるかもしれません。」と言った。

なんだか、よくわからない・・・。どうせなら9月10日と決めてしまってもらった方が良かったような気がした。曖昧な状態で待つのはちょっと精神的に辛いモノがある。

神経剥離手術を一日も早く受けたいと思っていたはずなのに、ここへきてちょっと不安がつのる。手術後どのくらい良くなるんだろう??それよりどういう手術になるんだろう?一応説明は聞いてるけど、私の足はどうなっちゃうんだろう??

本当に動くようになるのだろうか?右股関節は、剥離手術後のリハビリの時、痛みは出るだろうか?

入院期間はどのくらいになるだろうか??先生は一ヶ月は入院してもらうことになる・・と言っていた。術後一ヶ月でどのくらい左足は回復しているのだろうか?

今考えなくてもいいことまで、あれこれ考えてしまう。

切ってみなければどこで神経が癒着しているかわからないと聞いている。医学が発達しているとはいえ、わからないことも多いのだと思った。わからないと言うことは、不安と恐怖を誘い出します。もし治らなかったら一生動かない左足とつきあって行くのか・・・・。そう言うことを考えてしまいます。

できるだけ、前向きに、治る!と思っていようとは思う。ここまで着たら、覚悟を決めなければ・・・。この手術を受けなければ次の右股関節の人工骨置換手術をうけることができないのだから・・・・。がんばらなくちゃ・・。

目次へ

右股関節人工骨置換手術決定(2004年11月7日)

神経剥離手術を受けて、退院してから1ヶ月半ほどたった11月2日の夕方、主治医の先生からでんわがあった。右股関節の手術の日程についての電話でした。

18日に入院で26日に手術という日程をいわれた。言われたときは、何も考えず、「わかりましたなんとかします。」と言って電話を切った。電話を切ってからカレンダーをみながらあれこれ考えた。夫の予定は?実家の母の予定は?何も確認せず返答してしまったけど大丈夫なんだろうか・・・。それから、夫に連絡をした。夫の都合がつかないことが判明。っていうことは、日程を変更してもらわないと・・・。翌日が休日だったので、休日明けにすぐに先生に電話をした。日程の変更ができなかったらどうしようか。。。と不安に思いながら電話をした。

一度、大丈夫と言ってしまっていたので、先生に「調整しないといけないので、また連絡します・・・」と言われた。もし変更がだめだったら、そのときは・・・・何とかしよう。。。そうおもっていたら夜先生から電話があった。「1週間先に延ばしましょう。それで大丈夫ですね。」ということで、ほっと一息。本当に良かった。(^^)

11月25日に入院。12月3日に手術。。。ということになった。人工骨置換手術は左足で経験済みだし、全身麻酔の手術も子宮筋腫の手術と神経剥離手術ですでに3階経験済み。手術自体はそれほど心配していない。昨年の左の時は、かなり不安だった。今回はその不安はない。でも、昨年の手術の時はその後大腿菌麻痺になってしまったと言うことがあるので、今回は、もうそんなことがないように・・・と思う。

現在、左足の麻痺は治っていない。神経剥離手術後も何の変化もみられない。手術の後、先生から「癒着ははがしましたけど、かなり神経が劣化してやせていたので、回復はちょっとむずかしいかもしれません。」とは言われていた。その手術からもうすぐ2ヶ月、やはり左足の麻痺は治らない。

今回の手術で一番不安になるのが術後のリハビリ。車椅子に乗れるだろうか・・・・という不安もある。術後すぐ術足に体重を載せても大丈夫なのだろうか。。。そう言う不安がある。どういうリハビリになるのか、ちゃんとリハビリがこなせるか・・ふぉればかりが気になります。

9日は、術前検査と診察があります。その後、貯血の日程が指示されるのだと思う。昨年の左の時は、2回に分けて1階400CCずつ合計800CC貯血した。多分今回も同じだと思う。

昨年の左の時は、麻痺のことがあって、子宮筋腫の手術もしたり・・ということで入院期間はすごく長かった。でも、順調にいけば、6週間で退院だったようです。今回はどうなるだろう・・・。順調にいったとして・・・年末で術後4週間。病院で年越しかな・・・。それとも、病院で年明けを迎えるかな。。。。足が不安定な状態で家に帰るのは不安だから、病院で年明けを迎えてもいいかな。。。って思う。

これから、また更正医療の手続きもしなくちゃならない。他にも、やっておかなくちゃいけないこととか、まだ残ってる。長くても1ヶ月半の入院。あっという間だと思う。あまり緊張しないで手術に望めたらいいなと思う。

今回の右の手術が終わったら、もう当分手術はなくなる。人工骨の耐久年数は10年から20年。個人差があるから10年未満で入れ替えのひともいるらしいけど。。。なにはともあれ10年は大丈夫・・・そう思うと、痛みから解放されるし、かなり嬉しい。

あとは、左足の麻痺だけ・・・。

麻痺がなかったら、もっともっとうれしいんだけどな・・・。

目次へ