変形性股関節症

*HPを公開した頃は日記を書いていませんでした。不定期に「ひとりごと」を更新していました。日記「そら模様」を書くようになって、「ひとりごと」は終わりました。

時々「変形性股関節症」だけを独立させて、別途更新しようかと思ったりもします。でも、この病気について詳しいサイトは他にたくさん良いサイトがあります。

特に先天性股関節脱臼だったわけじゃなく、数年であっという間に悪化した「私の変形性股関節症」は、私の生活の一部です。だから、「そら模様」で、日常の事と一緒に書いていく事にしました。日常の中で、悩むことも多いけど、なんとか病気と向き合って暮らしているわたしを綴っていきたい・・・と思うからです。

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変形性股関節症・・・・・[1]

ワンポイント

本当は、すごく話したかったこと・・・、それは、私が「変形性股関節症」だ。。。ということ・・・。辛くて、辛くて、落ち込んだ日々があったこと・・・。でも、HPでこの話をすることにためらいがあった・・・。自分の体のことを、なかなか自分で納得できなかったから・・・。でも、今回から、話しをしてみようときめた。自分をみつめるため・・・そして、おなじようなことで悩んでる人がもし、読んでくれたら・・・いっしょに、前を向いていけるかもしれないし・・・。

変形性股関節症・・と診断されたのは、今から2年前でした。それまで、この病名は聞いたことがなかった。最初にこう診断した整形外科の先生は、いとも簡単に「あ〜〜・・・これ、なおらないから・・。へ〜〜両方ねえ。。。めずらしいねえ・・・。ふつうは、片方なんだけどね。まあ、ビタミンEだしとくから様子見て」と言いました。愕然としたわたしに、「あ、もういいですよ_」それだけ。。。頭の中が真っ白になりました。その後、良い先生とめぐり逢うことになるのですが、それまでの間辛い日々でした。

どうしていいかわからず、家族にも知られないように痛みを我慢し息をとめて動く・・・という無茶な生活を数ヶ月続けました。そして、病院じゃなおらないんだったら整骨院へ行こう・・と思い、タウン誌にのっていた整骨院に通い始めました。精一杯の治療をしてくれたのですが、いっこうに改善しません。先生は私に専門書を開いて説明をはじめました。「整形外科で検査してもらった方がいいと思います。つらいでしょうが、まづ、検査ができる病院を探して診てもらってください」そういわれたときは、見放されたような気がして辛かった。涙がとまらなかった。 しかし、その、整骨院の先生の言葉があったから、良い整形外科の先生にめぐり逢えたのだと思う。

涙を拭きながら、電話帳を開き病院探しがはじまりました。「リハビリ相談・・・お気軽に・・」この一言を見て、電話したところが、現在のかかりつけの病院です。看護婦さんも先生もとても優しく、話を聞いてくれて、リハビリの先生もきびしいけれど、親身になってくれました。食生活のことから、日常のちょっとした動きの相談にものってくれました。

そして、わたしのリハビリ生活がはじまったのです。頑張りすぎたらいけない・・なまけたらいけない・・そんなリハビリでした・・・。痛みがなくなることを願いながらがんばりました。そのころは、それ以前にやっていたテニスがまた出来るようになることを信じていました。プールにもまめに通うようになり、かなづちのわたしが泳げるようにもなりました。数ヶ月後には、だいぶ日常生活が普通に出来るようになっていた。

ちょっと無理をすると、具合が悪くなる。。。先生に相談すると、手術の話が出ました。人工関節を入れるには年齢的に早すぎる。。といわれ、骨切り手術の話が出ました。入院期間3ヶ月〜半年・・・。そんな、長期入院はできない・・。そして、リハビリで現状維持という暮らしを選びました。

ウォーキングも、ままなりません。お友達とショッピングも私には重労働です。長時間座っているのも辛いので、実家に帰ることも出来なくなりました。(出来ないことはないのでよしょうが、もしも。。と考えると行けなくなります。)

辛いことがおおいけど、このことでわかったこと、幸せを感じることが出来たことがあります。 次回には、そういうことを書いてみようと思います。

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変形性股関節症・・・・・[2]

ワンポイント

「ころばないでよ・・・。」これは、私が子供の頃から出掛けるときに言われ続けてきたこと。そのくらい、しょっちゅう転んでた。(^^ゞでも、ぽ〜〜っとした性格だから、不注意で転んでるんだろうと、親も兄弟も思っていたらしい・・・。もちろん、当の本人もそう思ってた。今から考えるとすでにそのころから、踏ん張れなかかったんだな・・・。

息子が幼稚園に入って、すこーーし時間がとれるようになったとき、私は「運動しよう!」と思い、市の体育館の講座に申し込みをした。私よりも年輩の人が多かったので、走ったり、飛んだりはねたり、どれもその中では優秀だった。気をよくした私は、テニスを始めることにした。私にだってできる!!はりきってはじめたけれど、そのころから・・・かな??テニスは打つときに、踏み込んで打つ・・・。ただそれだけなのに、グギッ。。っとひどい捻挫を何回もした。でも、私は子供の頃から鈍かったから仕方ないか・・・くらいにしか思っていなかった。

テニスをしたから・・・・ということだけで、症状が悪化したとは思わないし、テニスをすることが出来た時期があったことは、幸せかもしれない。

なんとなく、股関節のあたりが変だな・・・と気づき始めたとき、わたしはそれを否定する事に一生懸命だった。「これは、筋肉痛!」と思うようにした。本当は、「これって、変・・・・??」って心のどこかで思ってたのに・・・。変形性股関節症とわかってからも、認めたくないから、しばらくの間は鎮痛剤を持ち歩いていた。(でも、ちっとも効かなかったけど・・・)

リハビリを、始めるようになった頃から本屋さんで立ち読みをしたりして「変形性股関節症」のことを私なりに調べるようになった。どの本も、手術しかない・・・そんな内容・・・。「まいったなあ・・・」とおもった。

リハビリ開始から数ヶ月たって、気持ちが落ち着いてきても、友人に病名はいえなかった。言わないから、わからない。だから、重大なこととは誰も思わなかったと思う。分からせないようにしてたのは、私自身なんだけどね。私は、どうもエネルギーを使うところをまちがってたみたい・・・。(;^_^A アセアセ…凄く痛いのに「いたくないよ・・・・」と言ったりしてた。

自分が、ならなければ「変形性股関節症」のことは一生分からなかったかもしれない。痛いこと・辛いことが、どれだけストレスになるか・・・・きっと分からなかったと思う。他人の辛さを100%理解することは不可能だけど、辛いときの心細さは少しは分かるかもしれない。そう思うと、「変形性股関節症」になったことは、私を成長させてくれる材料になっているかもしれない。

最近、「変形性股関節症」にかんするHPをみつけました。そして、そこで、手術をして頑張っている大勢の方がいることを知りました。良い情報を教えてもらったり、メールをもらったり、私に新しい世界がやってきました。今流行ってる歌じゃないけど、「あし〜〜たがある〜〜♪」そんな気分です!

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変形性股関節症・・・・・[3]

ワンポイント

大学病院へ行った。股関節の専門の先生に診てもらいました。「進行がはやいですね。ここまで来ると、人工骨しかないですね・・・。」(O.O;)(o。o;)(O.O;)(o。o;)・・・淡々と話す先生の言葉は、私にとってはショックな内容でした。レントゲン写真をみながらの説明は、わかりやすかったけれど、信じたくなかった。でも、現実だからしかたがない・・・・。

1週間後、もう一度病院を訪ねた・・・。手術は直ぐしなくてもよい・・・とのことでした。もし、手術を決定しても2ヶ月以上またなけらばならないそうです。生死に関わることではないので、どうするかは患者本人の気持ちや、状況にゆだねられてしまうのです。私は、先送りを選びました。そして、リハビリと・・・・・筋トレ・・・。極力、足に負担をかけない生活・・・。

生活する上で、支障をきたすことがたくさんあるかな・・・と思い、障害者手帳の取得の相談をしました。用紙はすでに市役所でもらってきてあったので・・・・。結果、障害者4級の診断書がでました。

あ〜・・・これで、少しは優遇してもらえることができるんだ・・・。とおもう気持ちと、「なぜ、わたしが障害者??」と言う気持ちが入り乱れました。2年前・・・いえ。。つい最近まで、自分が障害者手帳を持つようになるなんて想像もしてなかった。

診断書には、「末期」の文字が・・・・・・・。生死に関わらなくても「末期」の文字にはショックでした。わたしの体は、どうなっちゃうんでしょう・・・。「末期」の2文字が頭の中を飛び交います。怖いし、辛いし・・・・・まいりました・・・。

現実は、ちゃんと受け止めなくちゃいけない。自分の体のことをちゃんと理解しないと、先へは進めない・・・。たとえ、足が動かなくなっても、心の足まで動きを止めちゃいけない・・・っておもう。心の足はわたしの気持ちでちゃーーんと動くはずだもの・・・。心の足がちゃんと動けば、きっと楽しく暮らせるとおもう。

泣きたくなったり、投げやりになったり・・・・。まだまだ、しっかり、前を向いているとはいえないけど、ちょっとずつ。。。。ちょっとずつ。。。前向きになれればいいかな・・・。d(^-^)ネ!

私は、いろんな人から「元気」をもらっています。同じ「変形性股関節症」の方からの、メールや、掲示板の書き込み・・・・それから、他にもイロイロ・・・・。暖かい言葉や、励ましの言葉がσ(・_・)を「元気」にしてくれます。がんばらなくちゃ!!(^_-)-☆

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変形性股関節症・・・・・[4]

ワンポイント

変形性股関節症友の会「のぞみ会」と言う会がある。先月そこに入会した。そして、5/19に総会があつたので、早速出席した。期待もあったけど、はじめてでちょっと不安だった。会場近くの駅を降りると、何人か杖をついている人をみかけた。私もそのひとりだけど・・・・。でも、私よりだいぶ上のかただし、もともと声を掛けるのが苦手なので、なんとなく不安な気持ちで歩いていた。そのとき、ニコニコして、同年齢くらいの人が声を掛けてくれた。

すごくうれしかった。「良い話しがきけるかな?」「知り合いができるといいな。」と、思ってはいたけど、不安の方が先になっていたから・・・・。声を掛けてもらった瞬間に「あ〜〜〜!!来てよかった!」とおもった。話しをしていたら、家もそんなに遠くない所だった。

会場に着くと、そこには60代くらいの人たちが大勢きていた。みなさん、すごくハツラツとしているなあ。。。と言う印象を受けた。講演が始まる前に、すでに、そういう大勢の人達を見て、わたしも、がんばらなくちゃ!と言う気持ちになった。

私は、いずれは手術をしなくてはならない。人工骨にすると言うことは、言葉ではわかっても、本当のところ、よくわかっていない。だから、総会の中での有名な先生の講演会での話しは今後の自分をどうするかを決めるきっかけになったような気がする。

医学は、ドンドン進歩しているんだなあ。なんとか、現状維持でがんばって手術を先送りにしたら、いいものが開発されているかもしれない。でも、もしも、いたみがガマンできなくなったら、怖がらずに手術に踏み切ろうと思う。

この、「のぞみ会」の総会に出席してから数日後、市役所からでんわがあった。身障者手帳ができているので取りに来て欲しいという内容でした。手帳を取りに行って、わたしは、お役所仕事の不思議な部分を経験しました。

当たり前なのかもしれないけど、あれこれ説明のあと、○番と○番の窓口へ行ってくださいと指示された。手帳の交付は障害福祉課というところで、指示された窓口はフロアーの対角線上のはじっこ。対角線上に歩く場所は、もちろんないので、ぐるりと廻ることになる。私は、全然あるけないわけではないけれど、もっと、状況の悪い人はこまるだろうな・・・とおもった。そして、市役所だけでなく、県税事務所や警察へもいかなくてはならなかった。障害のある人のことを余り考えていないなあ・・・、どこの役所もそうなのだろうか。

p> でも、良い勉強になったかな??
のぞみ会への入会、身障者手帳の取得と今年に入ってから、わたしの環境はだいぶ変化してきた。良い方向にいってるようなきがする。ひとりで悩まないで暮らせそうです。プラス思考で生活できるようになりそう!

障害があるということ・・・
身障者手帳を、もらってふと、いろんなことを思った。障害にはひとことでいえないくらいいろいろあるとおもう。そして、障害を持つ人が、より快適に感じる暮らしをすることは、たいへんなことだなあ・・と、おもった。例えば、私のような場合、段差がすごく邪魔になる。できるかぎり段差はひくいほうがいいなあ・・・とおもう。でも、目の不自由な人で杖を使っている人にとってみると、ある程度の段差がないと、杖でさぐれないのだそうです。バリアフリーと言う言葉やノーマライゼーションということばがあるけど、むずかしいことだなあ・・・と痛感しました。

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変形性股関節症・・・・・[5]

ワンポイント

「変形性股関節症」という病気は、進行性です。原因は、はっきりとはわからないそうですが股関節の形が悪い人が日本人には多いのだそうです。σ(・_・)の場合、先天性股関節脱臼だったわけでもなく、(と思う・・)自覚症状がでてきたときには、すでに進行が始まっていた・・・と言う感じです。現在、私の両股関節には、有るべき軟骨がまったくありません。大腿骨の骨頭には、穴があきはじめています。

同じ病気で、辛い思いをしている人、頑張っている人・・・沢山います。でも、動かなければ障害があることは多分他の人にはわかりません。痛みを我慢しちゃうとなおさら誰にもわからない。

先日、友人と電話で話をしていたときのことです。自分の病気のこと、身障者手帳のことを、はなしていたら、友人は「あんまり、障害者、障害者・・・っておもわないほうがいいんじゃないの??」といいました。落ち込むな。。。。と言う意味だったのかもしれないけど、なんか、ちょっと、考え込んじゃいました。誰もなりたくて障害者になるわけじゃない。体が不自由であることをガマンして暮らすということが、どのくらいストレスになるか・・・ということは、実際にそういう状況にならなければわかってはもらえないんだなぁ・・・。障害があることを,公表するのは、そうしなければ生活に支障をきたすからなのに、あまり、わかってはもらえませんでした。

障害者手帳の交付に伴って、いろいろ助成がうけられます。自動車税の減免、高速料金の割引、JRや飛行機運賃の割引・・そのほか、所得制限はあるけれど、医療費補助、そして、警察に申請すると、「駐車禁止除外指定」がうけられます。こういった助成は、私が暮らす上で、とても大切なことばかりです。でも、一つ一つ、書類。。。書類。。。。で、障害者手帳・・って、いったい何なんだろう・・と思ってしまいます。

前回も市役所のことには、少し触れたけど、ほんとうに役所も警察もやさしくないなあ。。。とおもいました。わたしにとってクルマは生活になくてはならないものです。だからこそ、「駐車禁止除外指定」は、1日もはやくほしいものでした。でも、そのためには、クルマの名義変更をしなくてはだめだ・・というのです。いま、我が家は単身赴任中です。単身赴任をしている人の多くは、住民票の移動はしないそうですが、うちの場合、赴任先でのクルマの取得があり、住民票を移動したのです。最近は、単身赴任も当たり前の世の中なのに、同じ所に住んでいないとたとえ、夫婦であっても交付は出来ないと警察の人に言われてしまいました。主人がいないから私がひとりで動かなくてはならないのに、その為の「駐車禁止除外指定」なのに、体への負担を押して手続きをすることになりました。印鑑登録、住民票・・・・・。市役所の駐車場は少し離れたところにあるので、私には重労働でした。そして、窓口へ出すための紙への記入・・・・・。車椅子用の台はあるのに、椅子はおいてありません。私のような病気に限らず、お年寄りだって椅子に座って記入したいと、思うはずなのに、そういう気配りはありません。総合案内の方の所へいって、座って記入したい・・・とお願いしたら、裏の場所に案内してはくれました。でも、窓口からは、遠いいのです。そして、記入している間にお昼になり、お昼休みは印鑑登録は出来ないと言われてしまいました。駐車場の往復を考えるととても、何度も出向けないので、市役所の中で待つことにしました。なぜ、お昼休みがあるのだろう・・・・・。なんか、不思議です。

もう一つ、不思議なことがあります。手帳があると「福祉センター」と言うところのプールが無料で利用できると言うことだったので、電話で問い合わせをしました。すると「申請していただいてからの利用・・となります。」とのこと・・・・・。で、申請のために福祉センターへいきました。窓口のかたは、「手帳があるから、今日からでもりようできますよ・・」わたしは、「え??」っとおもいました。そういうことなら、水着の準備してきたのに・・・。電話して話をしたときに一言いってくれたら、そのつもりできたのに・・・。

それから、数日後水着を中に着て福祉センターにいきました。駐車場は障害者優先とあるのですが、満車でした。健康管理センターと隣接しているため、そこへ来た人が駐車場を利用するのです。クルマを脇へとめて、受付へいきました。受付の人が言うには、「今日は、健康診断のひなのでねぇ・・・。身障者優先なんですけど、なかなか、そういうわけにもいかない現状なんですよねぇ・・。」そして、そこから1キロ近く離れた公共駐車場を教えてくれました。私はそんなに歩けない・・・。だからクルマできているのに・・・・。そういう話しをすると「あ〜〜・・そうですよねぇ・・。」そして、「土日は、あいてますよ」といわれました。何か、変です。私の場合、その日の体調と相談してプールへいきます。そして、プールへ行くと言うことは、健康維持はもちろんだけど、筋力アップとか、リハビリの意味合いの方がつよいのです。いく曜日をきめられるのは、健常者です。いけるときに、いける・・・というのが福祉じゃないのかなあ。。。。

施設をつくることが福祉??手帳を発行するだけが福祉??実際のことを何も考えていない現状をつきつけられました。必死にガンバロウと・・・そういう気持ちが芽生え始めたらそれを、ギューーっと踏みつけるのが、日本の福祉・・・そんな気さえしました。

ガマンしている人が、きっと沢山いると思う。ガマンは美徳じゃないとおもう。もっと、優しい世の中になったら、いいのに・・・・。そうすれば、いじめだってなくなっていくとおもう。私に、なにができるだろう・・・。優しい世の中になって欲しいと願うこと・・だけなのかな・・・。

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変形性股関節症・・・・・[6]

ワンポイント

身障者手帳の申請に始まって、それに付随する手続きがやっと終わりました。ほっと一息です。この1連の手続きではイロイロ考えさせられました。先日、最後に残った、駐車禁止除外指定の申請に県警へ行って来ました。この申請の際に、また、疑問が・・・。指示された通り、住民票と、あと、免許証のコピー・身障者手帳のコピー・車検証のコピー・・・を持っていきました。でも、実際に提出したのは住民票だけ。あとは、ちらっとみるだけで返却されました。コピーを取ることは、簡単なことだけど私にとっては余計な負担です。でも、提出するのなら仕方がないと思っていました。ところが、みるだけ・・・・・。それなら、実物で良いじゃない・・・と思いました・・。対応も、なんだか横柄・・・・・。ちょっと、不思議です。

でも、手続きが終わって、落ち着きました。そんな時、素晴らしい人との出会いがやってきました。母の知り合いのつてで、看護婦さんをしていた方がお掃除とか家事のお手伝いに来てくださることになったのです。ボランティアで・・・・・・。

最初、その話しが来たとき、私は少し躊躇しました。お掃除や家事を手伝ってもらうなんて主婦失格。。。という気持ちが邪魔したから・・。現実は、出来ないことがたくさんあるのに、気持ちがついてきてなかった。

そして、その当日ドキドキしながらその方を待ちました。50代後半のその方はとても明るくてテキパキしてて、そして、整形外科にもいたことがあると言うことで、私の状況をすごく理解してくださいました。ほんの少しはなして、すぐに、「さぁ、なにからはじめましょうか??なんでもいってちょうだいね。」で、私は恥ずかしかったけど「お風呂の掃除がちゃんとできないんです・・・。」そういうと、すぐに、「そうね、じゃ、そこからはじめるわね。」そして、お風呂のお掃除をはじめてくれました。、湯船の残り湯をそのままにしていたら、「全部すてるのは、もったいないから、これで、少し拭き掃除もしましょう。」そういって、窓や、扉を手際よく拭いてくれました。わたしが「何だか、汚れててはずかしいです・・・。」というと「どこのうちも同じよ。」そう言ってくれました。どぉってことないこの一言がうれしかった。

朝10:00から午後3:00すぎまで私は、ほとんど何もせずに過ごしました。すごく楽でした。すごく、、すごく、、ありがたかった。

お昼はパスタを作って一緒に食べました。そのときに、病気のこともイロイロ話しができました。その方は他にもボランティアをいくつかなさっていて、そう言う話しも沢山聴けました。そして、すべてが、すごく自然で気負ったとこがなく、わたしは、すごくゆったりとした時間を過ごすことが出来ました。本当に、感謝です。

お昼を食べ終わるとき、「次からは、お弁当もってくるから、なにもきにしなくていいからね。」なんだか、嬉しくて涙がでました。いままで、辛くて泣くことばかりだったから、感激でした。

人にはたよらない・・・。なんて、いきがってた自分が少し恥ずかしくなりました。もしも、私にもできる事があるなら、何かしたいな・・・と思います。この方との出会いを大切にしたいと思う。そして、少しづつ自分に出来ることをさがしていきたいとおもう。

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変形性股関節症・・・・・[7]

ワンポイント

元気に動き回っていた頃より、最近いろんなとこへいきたいと思う。以前は当たり前だと思っていたことが、当たり前じゃなくなったからかな??「当たり前」ってなんなのかな?

悲観的になった時期を通り過ぎ、落ち着いたら、いろんな事が、新鮮に感じるようになった。言葉、空気、色、音・・・なんでも。。。そう感じるようになったら、いろんなとこへ行きたいと思うようになった。クルマの免許を持っていたことに、感謝した。でも、今まで、一人で遠くまでドライブをしたことがない。その上、地図の見方が下手。。。(^^ゞでも、ちょっとずつ、出掛けてみようと思う。

家族は、そういう私に「え、、一人で出掛けるのはあぶない。。もし、なんかあったらどうするの?」といいます。もちろん、わたしが逆の立場だったら同じ事を言っていると思う。でも、そんなこと考えてたら、前へは進めない気がする。だから、少しづつ、少しづつ、行動半径を広げていこうと思う。

本音は、友達が一緒ならいいな。。と思うけど、躊躇してしまう。立っているのが辛い、歩いてもすぐ辛くなる。じーーっと座っているのも疲れてしまう。こうなると、ペースが全然違ってしまうのが分かるから。気にせず、誘っても良いのかもしれないけど、そのあたりが、まだ、吹っ切れていないとこなのかな・・・。

もしも、手術をしたら気にせずもっと気軽にでかけられるのかな?とも思う。でも、どう考えても今は、手術ができる状況にはない。だから、できる範囲内でいいから、いろんな所へいきたい。いろんなものをみたい。

悲観的にはならないけど、嬉しい言葉をたくさんもらうけど、でも、ショックな言葉もある。先日、スペイン舞踊を見に行ったときのこと・・・座席は2階席。階段しか見あたらなかったので、会場の人に尋ねた。「エレベーターはないですか?」その時の私は、杖をついていました。でも、会場の人は「そこに階段があるでしょ。エレベーターはないなぁ。あの階段も、上れないの?」ちょっと、ガクッときました。寂しいものがあった。

でも、その人は私の杖がみえなかったみたい。「足が悪いので・・・。」そういったときにはじめて杖に目がいったから。私ぐらいの年齢で杖を持っているなんてあまりかんがえたこともないんだろうな。。とおもった。考えてみれば、わたしも、杖を使うように言われたとき、“なんで、このわたしが??杖なんか持たなきゃならないんだ??”まずそうおもったんだった。だから、仕方ないかな??

でも、その人は、私の杖に気がつくとそのあとはとても親切だった。座席を1階席に変更してくれた。そして、中も、少し階段があるので気をつけてくださいね。。といってくれた。ちゃんと言えばわかってもらえるのかもしれない。

おおらかな気持ちで暮らせるようになりたいと思う。その為にも、外へでようと思う。(^_-)-☆

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変形性股関節症・・・・・[8]

ワンポイント

3ヶ月ぶりに病院へ行きました。痛みで夜中目が覚めたりしたから・・・。レントゲンを見て「前と、変わりはないよ。でも、状況が悪すぎるからね・・・。」先生も、こまっていました。(;^_^A アセアセ…

わたしが手術に踏み切れば、先生としても対処のしようがあるのでしょうが、手術はもう少し後。。。と思っているので、先生がこまるのも、仕方ない。。結局、無理をしないで、痛いときは安静に、これしかないようです。

痛みとつきあい始めて、だいぶたった。最近は、痛みにも慣れてきました。痛いのが当たり前・・・、そんな感じです。でも、その痛みも強くなると、気持ちがへこみます。病院でだしてもらった鎮痛剤を目の前において、飲もうか、もうちょっとガマンしてみようかと、考え込んだりします。痛みが強くなると、股関節の所だけでなく足全体が痛くなってしまいます。「関連痛」というらしいです。

手術をすれば、痛みはなくなるそうです。この、手術・・・手遅れ。。と言うことがあるのか、先生に聞いてみました。答えは、手遅れと言うことはないけれど、歩けなくなってから、手術をしても、筋力が落ちているから、ちゃんと歩けるようになるかは保証できないと言うことです。筋力がなくならないように、筋トレをしなくちゃいけないけど、痛みがあるときは動かさない方がいいと言われました。プールもいいのだけれど、水圧で痛みがでてしまいます。少しづつ、気長にやらなくちゃ・・・!とはおもう。

できる限り、手術を先送りにしたいので、無理をしないで暮らす事を、考えるようになりました。結果、椅子の数がふえました。(^_^;)玄関に、ひとつ・・。洗面所にひとつ・・。台所にひとつ・・。そして、回転するキャスター付の椅子をダイニングに置きました。

椅子の他にふえた物>>先日、介護用品売り場で360°回転座布団という物を買いました。クルマの乗り降りに便利かな?と思ったので、、、。それは、厚みがだいぶあり、重さも3キロと、わたしにはちょっと、重たいものです。それでも、少しわくわくしながら運転席においてみました。うううううむ・・・・。わたしの感想は・・・「期待していた割には、イマイチ・・・。」運転席には向かないかもしれない。家の中の椅子において使えばいいかもしれないな・・・。

物ではないけれど、負担をかけないためにはじめたこと>>生協の「ひまわりサポート」という個別宅配を、お願いしました。玄関先まで届けてもらうサービスです。身障者手帳があると、手数料が半額になります。このサービスのお陰で、買い物が楽になりました。重たい物、かさばる物は全てお願いしています。でも、買い物もストレス解消になるので、他の物はあまり頼まず出掛けています。ほんとうは、バーゲンとかにも行きたいけど、ちょっと不安があるので、通販のカタログをみて楽しんでいます。

できるだけ大事に・・・でも、映画を見に行ったり、ドライブに行ったりはしたい!!コンサートやライブにも行きたいと思う。これだけは、少々負担になっても出掛けようと思う。それから、USJにもどうしても行きたい!!

少し涼しくなったら、USJにいこう!絶対!!そうおもっています。

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変形性股関節症・・・・・[9]

ワンポイント

調子が悪いときは、じーっとしていても、痛い。でも、調子がいいときは、痛みはどこへやら・・・。そうすると、“もしかしたら、このまま治っちゃうかもしれない・・・”なんて思ったりします。そんなことは、有るわけがないんだけど・・・。(^^ゞ 今の私には、たくさん、楽しむことがあるのに、ふと、テニスをもう一度やりたい・・・。と無性に思ったりもします。

大阪ブルーノートに、行った。久しぶりで浮かれ気分!家から駅までは、1kmちょっとある。普段なら、歩くのをためらう距離だけど、なんとなく、「ダイジョブだろう」そう思って、家を出た。モチロン杖はもってでた。半分くらいの所まで来たところで辛くなってきた。「やっぱり、だめなのかあ。。。」チョッピリ悲しくなったけど、なんとかなるさ!!そう思って先を歩いた。分かり切っていたことだけど、目の前に歩道橋のかいだんが・・・・。(@_@;)「がんばれーー!!」と自分に言い聞かせながら階段を上り、「もうちょっとーー!」と自分を励ましながら、階段を下りた。そこから駅までは、商店街の中を歩く。すごく久しぶりに商店街の中を歩いた。人通りはあまりない商店街・・・。そのうち、なくなっちゃうのかも。。。と思うくらい静かです。でも、果物屋さんや、酒屋さん、それから、呉服屋さん、カメラやさん店の前を通るだけで、なんとなくホッとできる感じがしました。そういうお店を眺めて歩いていたら、辛さも、遠のいていきました。

駅近くまできて、ふと我にかえりまた、辛さにおそわれた。こんな事、家族に話したら、おこられそうです。。。(^_^;) 駅は、エスカレーターもエレベーターもあるので、フッ(~ー~)〜〜っと、ひといき!切符を買ってホームへのエスカレーターに乗っていたら、うしろからエスカレーターを駆け上っていく人がいた。あ!!電車が来てるんだ!何も考えずわたしも、駆け上がった。(他の人からみたら、ただ、一段一段のぼってるだけ。。状態。。)わりと空いていたので、無事座ることが出来た。

座ると言えば・・・「優先座席」って、必ずあるけど、あれ、意味が有るのかな??と思ってしまいます。ちっとも優先じゃないような気がする・・・。「優先座席」って、お年寄りや、体調の悪い人や、身障者や、妊婦さんが、気兼ねなくスッと座れる場所じゃないのかな??でも、現実は、ちっともそうじゃない・・・。先日、新聞の投稿欄にかいてあったこと・・・「70代くらいのご夫婦がバスに乗って、優先座席に座った。でも、優先座席のシールをみて、“ここは、優先座席だから、わしらは、あっちに座ろう・・・。”といって、ご夫婦で別の席に座り直した。」と言う話しでした。何て言うか、うまく言えないけど、いいご夫婦だなあ・・・と思いました。

体にハンディがあると言うことは、ちっとも恥ずかしい事じゃないけれど、でもおおっぴらに「私は、身障者です。」なんて大声でいって歩くわけにもいかない。普通に、、できるだけ普通に暮らしたい。でも、その為には、少し助けを必要とすることになる。

身障者であっても、そうでなくても、人は助け合って、思いやりの中で暮らすことが、幸せな暮らし方なんじゃないかな??って思う。わたしが、人を思いやれる人間かどうか・・・となると、反省する事がいっぱいある。だから、えらそうなことはいえないけど、みんなが、自然体でホーッとできる、そんなふうになれればいいなぁ・・。

まだまだ、ちょっとしたことで、悲観的になったり落ち込んだりすることの方がおおいけど、1歩、1歩前進していきたい!

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変形性股関節症・・・・・[10]

ワンポイント

ゴスペルのコンサートに行きました。ひとりで。(^^)コンサートの情報は、生協の共同購入のちらしでみつけました。行きたいな・・・。友達を誘おうかな・・・・そう思っているうちに1週間が過ぎてしまい、申込書の提出日がやってきてしまいました。なぜ、誰にも声を掛けなかったのかな??行きたくないの??自問自答しました。そして、一人で行こうと決めました。申込書の枚数の所に(1)と記入しました。ただ(1)と書くだけなのに、ものすごく勇気がいりました。そして、チケットが手元に届いてからコンサート当日までは1ヶ月という長い時間がわたしを待っていました。楽しみだけど、不安の方が先に立って、独りでいけるだろうか・・・。そんなおもいで過ごしました。コンサート前日、度胸を決めよう!!たのしまなくちゃ!!自分に言い聞かせていました。

なぜ、ひとりでいこうとおもったか、・・・・・気持ちの中に「友達誘うと、気を遣わせちゃうな・・・。」そう言う想いがあったから・・・。わたしの歩調にあわせてもらわなくちゃならない。それに、近くてもタクシーの利用をまず考えなくてはならない・・・。コンサートが終わっても、人混みの中を歩けないから、会場をでるのも遅くなるだろう・・・。そんなことを考えた。じゃあ、一人で行った方が、ガマンするのは自分一人で済む。。そう思った。そして、独りで、コンサートに出掛けられるようになれば、わたしの世界がほんの少し広がるかもしれない。ここは、ガンバッテチャレンジしよう。でも、そう言う思いとは裏腹にドキドキでした。

コンサートの当日、この日は朝から雨・・・(;.;)傘と杖は相性が悪い。傘はきらいです。やんで欲しい・・・。そう思いながら外を眺めて半日が過ぎていきました。早めに出掛ける準備をして、外を見ると雨は小康状態。傘いらないかな・・・。駅まではクルマで行き、駐車場に止めて、電車で大阪へ。大阪駅に着くと雨はまた、ひどくなっていました。タクシー乗り場がみあたらなくてうろうろ。心細くなってきました・・・。やっぱり、独りは無理があるのかな?そう思いながらタクシーで、会場へ・・。タクシーが止まってくれた場所は、会場の目の前。でもその目の前には、階段が・・。うひゃぁ・・・・、エレベーターかエスカレーターはどこ??と回りをみても、よくわからない。探してウロウロ歩き回るよりこの階段を上った方がいいかな・・・まだ時間はいっぱいあるし・・。ゆっくり、ゆっくりのぼった。ここで無理したら、コンサートの途中で痛くなっちゃうかもしれない。今日は独りだから、しっかりしなくちゃ。

会場にはいると、ロビーには、会場係の人が沢山いて「お席までご案内します・・・」と言っていた。わたしの席は1階・・・どのへんだろう・・・そうおもいながら会場係の人の方へ、そしてそこにも10段ほどの階段が・・・。左手にチケットをもって、右手で階段の手すりにつかまり入り口でもらったパンフレットを脇にはさんで・・・・。体勢に無理があって、パンフレットを階段の途中で落としてしまった。股関節が悪いと、下に落とした物を拾うのがすごく大変です。「あーーーー。」声には出さなかったけど、こまったな、と思ったその時、会場係の人がさっと拾ってくれました。そして、「お席へご案内しましょう。」そういって席まで、案内してくれました。さりげなく・・・。席に着くと、その人は「お帰りの時も、来ましょうか??」そういってくれた。なんだか嬉しかった。独りでも大丈夫かな。。とも思ったけど、お願いした方が安心してコンサート聴けるかな・・そうおもい、「じゃあおねがいします・・・。」そして、杖の置き場にこまっていたら、「もしよろしかったらお預かりしますよ。」そういってくれた。そして、「なにかあったら・・・・・」と、かかりの人が待機している場所を教えてくれました。

親切な会場のかかりの方と接して気持ちも、なごみコンサートも期待以上に楽しむことが出来ました。本当に楽しかった。これも、会場係の人のおかげだなぁ・・・。

コンサートが終わり、人の流れを座って眺めていたら、かかりの人が、来てくれた。人の波が過ぎてから、ロビーへ、そして、まだロビーには大勢の人がいたけれど、そのかかりの人がわたしが歩きやすいように誘導してくれた。ありがたかった。「タクシー乗り場はどこですか?」そうきくと、「乗り場までごあんないしますよ・・。」エスカレーターに乗るときも降りるときも、さりげなくフォローしてくれました。この日感じた、この気持ちは忘れないようにしようと思う。感謝!!(^^)

優しさに触れておもったこと・・・、それは「独りで頑張り過ぎちゃいけない・・・。」っていうことかな・・。そして、わたしは、まだまだだめだなぁ・・・・。そうおもっちゃいました・・。自分の体と上手につきあえるようになってきたと思っていたけど、まだ、意地張ってるかも(^_^;)

この日は、ゴスペルを通じて、いろんな勉強が出来た1日でした。

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変形性股関節症・・・・・[11]

ワンポイント

ここに、書きたいことはいっぱいあるのに、なんだかうまく書けない。なんでかな??こういうときは、どうしよう・・・。そうだ、楽しいことを思い出そう。と言うわけで、今回はプールのことを書いてみようと思う。「そら模様」でちらっと書いた設備の事じゃなくて「プールって最高!」っていうことを!!

私とプールとの出逢いは「変形性股関節症」がなければ、あり得なかった。2年前この病気の診断がでてリハビリが始まっても、プールへ通うなんて事考えてもいなかった。「プール」がいいのよ。というリハビリの先生の言葉が運命の一言となった。

プールが良いっていうことは、股関節云々じゃなくて良く聞く話だったけど、「今更、何で水着にならなきゃいけないんダァ??」そう思っていた。でも、そうもいっていられないかな・・・と思いプールへ行く決意をした。2年前の9月のことです。

引き出しの奥から、水着を引っ張り出し(この水着買ってから一度も着ていない・・・)スイミングキャップとゴーグルを買いドキドキしながらプールへ・・・この時は「いざ出陣!」という気持ちだった。はじめて入った公営のプールでは、無料レッスンと言うものがあって、ウォーキングやクロールのレッスンが受けられるシステムだった。おどおどしながら、プールへ・・・・・。右足・・・左足・・・ソロソロと水に入った。その瞬間、(O.O;)(o。o;)(O.O;)(o。o;)(O.O;)(o。o;)うわぁ〜〜〜♪

「きもちいい!!!」体がふわっと浮く感じがして水の冷たさも心地よくて、もう驚きでした。ふわふわと水の中を歩いていたら、元気いっぱいのインストラクターのお姉さんの声が。「どなたでも参加できます!ウォーキングのショートレッスンをはじめます!参加されたいかたは、こちらのコースへおあつまりください!」モチロン私も参加した!ただ歩くだけなんだけど、基本的なことやいろんな歩き方を教えてもらった。

そのころの私は、「引力」が自分にだけ倍かかってるんじゃないかと思うほど辛い状況だった。でも、水の中では「普通」!!とっても、とっても「普通」だった!!なんだか、感動だった!水着が嫌だ。。なんて思ってた自分はどこへやら・・・。「やあだぁ・・・プールっていいじゃん・・・。」などと訳の分からないことばが頭の中を駆けめぐる!!もうすっかり、プールにはまってしまった。

調子づいた私は、あれこれショートレッスンをうけた。アクアビクスはとっても楽しかったけど、やりすぎて股関節の調子がかえって悪くなってしまった。(^_^;)そして、毎日初級水泳というレッスンを受けて、かなづちだった私がプールに通いだしてから3ヶ月後には、しっかりクロールが泳げるようになってしまった。やればできるもんだ!!(^_-)-☆

あの頃の新鮮な感動を最近ちょっと忘れていた・・・。プールへいかなければ・・・。そんな義務感だけが先に立っちゃって・・。でも、考えてみたら、プールへ通うのはモチロン体のこともあるけど、その前に「私は、プールが大好き!」だからいくんだ・・と。この気持ちを忘れちゃいけないな。。。そう思った。

新しい感動をくれた「変形性股関節症」に感謝!!(^^ゞ

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変形性股関節症・・・・・[12]

ワンポイント

先日、待望のUSJに行ってきました。身障者手帳の提示で、駐車場も入り口に近いところへ駐車することが出来ました。とはいっても、そこから、入り口まではかなり距離があったけど。(^^ゞ

あまり歩けないし、立っていられないから、半分諦め気分で「まあ、雰囲気だけでも楽しめればいいかな・・」と思っていました。でも、車椅子の貸し出し(¥500)があったので、借りることにしました。車椅子の乗るのはこの時が、生まれて初めてでした。主人と、息子が交替でおしてくれた。(^^)

さて、車椅子でUSJ体験! 車椅子に座って、第一に思ったこと。。。それは、目線が子ども並まで下がったと言うこと。あたりまえだけど、目線が下がると言うことはかなり世界がかわる。世の中が大人並の設計だと言うことがよくわかります。
目線の感覚に慣れるまでは、「今日1日、たのしめるのかな?」と、少し不安があった。でも、少しづつ慣れてくると、不安もなくなりルンルン♪ q(^-^q)(p^-^)p q(^-^q)(p^-^)p ♪

アトラクションは、どこもすでに行列が出来ていた。アトラクションの入り口でウロウロしていたら、スタッフの人が声を掛けてくれました。「ゲストサポートパスはお持ちですか??」( ‥) ン?持っていないことを告げると、パスの発行をしてくれました。これは、その時の待ち時間を時刻に上乗せしてパスに時間を書き込んでもらい、その時間までは、並ばずに他で待っていられる・・と言うものです。モチロン、2重予約はできません。まず、1時間待ちだったので、そのいあいだギフトショップや、園内を少し見て回った。1時間後、違う入り口から案内してもらって中へ入った。

車椅子から、アトラクションのクルマに乗り移る時、1時間も座りっぱなしだったので、固まっちゃって、立ち上がるときに「うっ。。。(イタイ・・・~(>_<。)ゝ )」贅沢は言っていられない。ゆっくり、乗り移る。スタッフの人はひたすら、やさしかった。(^^)ありがとう!!

車椅子と家族のお陰で、4つのアトラクション、2つのショウ、ほかにもストリートパフォーマンス・・・・・1日中、たっぷり楽しむことが出来ました。

ところで、車椅子の乗りごごちは・・・・・ 地面を直に感じるので、おしゃれな石畳の所は、みているぶんには良いんだけど、ちょっと、ぐあいがわるいかな・・・。これって、ベビーカーに乗ってる赤ちゃんにも同じ事なんだよね。息子が赤ちゃんだった頃、すごいガタガタの道も平気で何も考えずにベビーカー押してたなぁ・・・。( ̄ー ̄; (心の中で「うひゃ、ごめんね・・」とおもってしまった。←今更遅すぎる・・・・\(__ ))
帰る頃には、独りでもある程度は動かせるようになっていた。でも、スロープや、段差は、とても無理!日常生活で車椅子を使っている人の大変さが、少し分かったような気がしました。

USJのスタッフの方たちと、家族に感謝!感謝!の1日でした。(余談なんだけどね、翌日腕の妙なとこが筋肉痛(-。−;)。プールで泳いでるときとは、全然違うところの筋肉をつかったんだ。。。ダンベルはじめようかな・・・とおもっちゃった!)

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